【考察】那田蜘蛛山後の柱合会議の内容
アニメ第23話後半にて、柱合会議の様子が描かれています。このシーンは原作にはなかったシーンです。
この「柱合会議」で話し合われた内容が、のちの「蝶屋敷」での炭治郎たちの訓練、”柱”たちのセリフや態度にまで影響しているのではないかなあと思ったので、考察してみました。
ネタバレが含まれる内容となりますので、未読・未視聴の方はご注意ください。
柱合会議の主な議題
『鬼滅の刃公式ファンブック 鬼殺隊見聞録』の87ページによると、「柱合会議」では、
- 鬼の出没地域
- 鬼舞辻の現在の居場所
- どういった企みをしているか
- 次世代の柱
- 鬼殺隊全隊の風紀や力量のバランス
といったことを主に話し合うようです。
今回の柱合会議でも、鬼舞辻無惨の動向や鬼殺隊員について話し合われていました。
「鬼殺隊員」に関する、お館様や”柱”たちの考え
お館様の考え
「(鬼舞辻無惨の勢力や被害が増しているので)鬼殺隊員も増やさなければならない」と考えているようです。
それに対して”柱”たちの意見や考えを聞こうとしています。
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”風柱”不死川実弥の意見
「那田蜘蛛山」での戦況、それ以前の戦闘もふまえて、「隊士の質が信じられないほど落ちている、ほとんど使えない」と発言しています。
また「育手の目がふしあな」とも発言しており、今までどおりの訓練・補充では無意味だと考えていそうです。
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”音柱”宇髄天元の意見
炭治郎のことを指して、「昼間のガキはなかなか使えそう」「見込みがある」と評しています。
不死川さんに頭突きを成功させたことを評価しているようです。
”蟲柱”胡蝶しのぶの意見
「人が増えれば増えるほど制御統一は難しくなる」と発言しており、しのぶさんもまた単純に隊士を増やしただけではダメだと考えていそうです。
また「時代も様変わりしている」ことに言及しており、この発言が次の悲鳴嶼さんの意見へとつながっていきます。
”岩柱”悲鳴嶼行冥の意見
しのぶさんの「時代も様変わりしている」という意見を受けて、
「愛するものを鬼に惨殺され入隊した者や、代々鬼狩りをしている優れた血統の者以外の者に、彼らと同等の覚悟や気迫を求めるのは残酷だ」
と発言しています。
悲鳴嶼さんの発言もまた、隊士の数を単純に増やすだけではダメで、鬼を倒すという動機を持つ者、質の良い隊士が必要、となります。
悲鳴嶼さんの発言の背景を補足
”柱”をはじめとして、鬼殺隊士の多くは「鬼に身内を殺されたもの」が多いです。もしくは「煉獄家」のように代々鬼狩りをしている家系もあります。
でもなかには違う理由で鬼狩りになる者もいます。
孤児になり”育手”に拾われることで鬼狩りとなった者や、生活の糧として鬼狩りを選んだ者もいます(給料いいですし、明治・大正あたりは剣術の心得がある没落士族も多いでしょう)。
それがだんだんと時代が変わってきたことで、昔なら鬼殺隊士としてしか生きることを選べなかった者たちも、違う選択肢をとることが出来るようになりました。
なり手が減ったり、それほど必死で戦う必要を感じなくなったりしてきているのだと推察できます。
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”炎柱”煉獄杏寿郎の意見
杏寿郎さんもまた、炭治郎のことを思い出して「入隊早々十二鬼月に会うとは引きが強い」「うらやましい」と、どちらかというと炭治郎に好感を持っているような発言をしています。
さっきまで炭治郎を処分しようとしていたはずなんですが、罪を憎んでも人を憎まずといったところでしょうか。
”柱”たちの発言をまとめると
全員の発言をまとめると、
- 鬼殺隊員を今までどおりのやり方で増やすだけではダメ
- 鬼を倒すための動機を持った、質の良い隊士が必要
- 炭治郎のことは印象に残っているし、将来性があると感じている
となります。
他のシーンとの関連
杏寿郎さんとしのぶさんの会話から
これも原作にはないシーンなのですが、「無限列車」の任務に杏寿郎さんが向かう直前に、お館様の庭でしのぶさんと会話するシーンがあります。
そのときに、「継子」の枠を増やすという話があったことが話されています。
柱合会議ではそうしたことも話されたのだと想像できるシーンです。
しのぶさんとお館様の会話から
これも原作にはないシーンなのですが、アニメではしのぶさんが意図的に炭治郎たちに「機能回復訓練」以上の訓練を施したことが話されています。
炭治郎に関しても様子をお館様に報告しており、「期待以上の伸びしろと成果を見せてくれた」と、炭治郎の修行に励む姿勢をふくめてかなり評価し、褒めています。
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杏寿郎さんが炭治郎に「俺の継子になるといい」と勧誘
無限列車の中で、杏寿郎さんは炭治郎に「俺の継子になるといい」と誘っています。
これはかなり炭治郎に対して好感触と興味を持っており、かつ「継子」を積極的にとっていこうとしている、と考えられます。
まあ”柱合裁判”では積極的に処刑しようとしていましたのですけれども。
まとめ
これらから、”柱”たちはまずは炭治郎をはじめとした見込みのある隊士たちの強化をしようという結論に達したのではないかと考えられます。
また”継子”をとることを意識するようになり、”継子”という単語が杏寿郎さんや宇髄さんからも出てくるようになったと思われます。
那田蜘蛛山後の柱合会議では、既存の隊員の強化が方針として示され、炭治郎はその筆頭に挙がったと考えます。那田蜘蛛山で新人ながら実力を見せた善逸・伊之助も同様に候補に挙がったと思われます。
その結果として、「蝶屋敷」で「機能回復訓練」の域を超えた訓練が、胡蝶しのぶによって施されました。
同時に”柱”たちも”継子”を積極的にとるよう意識付けがなされた、と推察できます。