研究・考察

【研究】”風柱”不死川実弥さん

風柱・不死川実弥(しなずがわさねみ)さん、公式では21歳。

東京府京橋区(現・中央区京橋)出身。誕生日は11月29日。7人兄妹の長男で、玄弥(げんや)はすぐ下の弟です。

公式プロフィールまとめ

  • 年齢:21歳
  • 誕生日:11月29日
  • 出身地:東京府京橋区(現・中央区京橋)
  • 身長:179cm
  • 体重:75㎏
  • 趣味:カブト虫を育てる
  • 好きなもの:おはぎ
  • 呼吸:風の呼吸
  • 階級:風柱

CVは関智一さん。YouTube番組での本人の発言によると、キャスティングは指名だったそうです。

以下、最終話までの内容及び公式ファンブック・公式スピンオフ小説等の内容を含みますので、未読の方はご注意ください。

好物は”おはぎ”ですが、目ん玉も”おはぎ”です。

……ネタかと思ってたらわりとマジでした。

柱たちの中でも実力は上位という噂。

全身傷だらけの強面、口の悪さから、下級隊士の頃から”隠”や同僚だけでなく先輩隊士からも恐れられる存在。

でも本当は優しいんですよ♪

23巻の「頭なで」シーン&笑顔なんか、胸キュン事案ですよ。

ていうか禰豆子と結婚して欲しかった。まだちょっとあきらめてませんけれども。

鬼殺隊に入った理由

鬼狩りしてたらスカウトされた?

鬼殺隊には、ほぼスカウトに近い感じで入りました。

というのも、実弥さんは鬼殺隊に入る前から、ひとりで勝手に鬼狩りをしていたんです。鬼を捕まえて縛り上げ日光に晒して殺す、ということを繰り返していました。

そんなある日、鬼殺隊士・粂野匡近(くめのまさちか)が現れて、”育手(そだて)”を紹介されて修行をすることになるのです。

このあたりの諸事情は、単行本第19巻-第168話、及び公式スピンオフ小説3『鬼滅の刃-風の道しるべ』第1話に掲載されています。

関連記事→【感想】鬼滅の刃-風の道しるべ【ネタばれあり】

”稀血(まれち)”を持つ体質

強い精神力と肉体を持つ実弥さんですが、実弥さんが日輪刀も無しに鬼狩りが出来た最大の理由は、”稀血(まれち)”を持っていたからです。

”稀血”は鬼の好物で、鬼が人間を襲う際にも”稀血”の人間は優先的に狙われてしまいます。

実弥さんのはかなりレアな血液で、その血の匂いを嗅いだ鬼は、酔っ払ったような状態になってしまい、動きがにぶくなります。

その”稀血”で鬼をおびき寄せて、酔わせて捕獲していたんです。

それでもとんでもない気力・体力・戦闘力だと思います。鬼殺隊でもその存在は噂になってたみたいです。

修行を始めたのは何歳ぐらい?

修行期間や当時の年齢は、2021年4月現在公式では明確になっていません

実弥さんは7人兄弟の一番上で、すぐ下の弟である玄弥との年齢差が5歳(4歳10ヶ月差かも)。

しばらくひとりで鬼狩りをしていた、原作の兄弟たちの見た目、などを考慮すると、修行を始めたのは早くても14歳ぐらいだと思われます。

そして、修行自体は何となくあっという間に終えてそうな気がします。

でも、”最終選別”では実弥さんは”稀血”を狙われるので、他の人たちよりもきっとたいへん&絶対に喰われるわけにはいかないという覚悟も強かったことでしょう。

”風柱”に就任してから

16~17歳で”風柱”に就任

そんな実弥さんですが、16~17歳頃に下弦の壱を倒したことで、”風柱”に就任しました。

関連記事→【考察】”柱”になった順番と年齢【10人】

このあたりの詳しいエピソードは、公式スピンオフ小説3『鬼滅の刃・風の道しるべ』第1話に収録されています。

いくつかあるスピンオフ小説のなかでも、『風の道しるべ』はわたしの一番のオススメ作品ですので、まだの方は是非読んでくださいね。

噂の胡蝶カナエさんもちょっと出てきます。

「守りたい」という思いと「強い精神力」

”風柱”になってからしばらくした頃、生き残っていた弟の玄弥(げんや)が鬼殺隊に入ったことを知りました。実弥さんはそのことに怒り、鬼殺隊を辞めさせようと、玄弥に冷たい態度をとるようになります。

実弥さんには、玄弥を危険な道に進ませたくない、守りたい、という強い思いがあったのです。

自分に対して温かく接してくれるお館様に対しても、実弥さんは誠意を尽くし守りたいと思っていました。

「守りたい」という強い思い、そして「守れなかった」という思い、それらを「鬼への怒り」に変えられる「強い精神力」を、実弥さんは持っていたのです。

戦闘センスのかたまり

鬼殺一筋、鬼は皆殺し、という実弥さん。

公式ファンブック『鬼殺隊見聞録・弐』「柱相関言行録」による炎柱・煉獄杏寿郎からの評価では、「風の呼吸の技術を一段押し上げた男」と評されています。

実弥さんの日輪刀は綺麗な緑色をしていて、風の適性ばっちりという感じです。

柄にも余分に布が巻いてあるのを見ると、通常の柄巻だけではすぐにぼろぼろになってしまうほど、刀を握りこむ回数が多く、握る力も強いのでしょう。

剣術だけでなく体術や格闘も洗練されていて、まるで身体の全てが刀のためにあるようです。

最終決戦ではなぜか足で刀をつかんだり銃を打ったり、無惨に油をかけて火をつけたりしてました。まさに「使えるものは何でも使う」。

あの頃の実弥さんはもう本当に、人気爆上げしたんじゃないでしょうか?

指2本を失いつつも、最後まで生き残った実弥さん。

でも、自分が本当に守りたかった人たちは全て失ってしまいました。

「泣いた赤鬼」を地でいく人?

吾峠先生は実弥さんのことを ”「泣いた赤鬼」を地でいく人 ”と書かれていましたが、わたしにはよく分かりませんでした。本の内容をみてみると、誰かのためなら嫌われ者を演じることができる「青鬼」のことを指していたのではないかと思います。

無惨戦で火を放ったことに関する考察

無惨戦ではなぜか無惨に油をかけてマッチに火をつけて燃やしていました。

そのあたりにあったものを使った、「使えるものは何でも使う」というセリフのままな気もしますが、本当にそうでしょうか?

「油」「マッチ」はもともと持っていた?

市街地とはいえ、「油」「マッチ」のセットなんかそうそう落ちてないですよね?

わたしはこれはもともと実弥さんが持っていたものではないかと思います。

実弥さんは「稀血」なので、万が一自分が戦闘で敗北してしまった場合、自分が「鬼」に食べられてしまえば「鬼」が強力に成長することを知っていました。

その万が一を考えて、自分が敗北してしまったり動けなくなった際には自分を燃やそうと、日頃から「油」と「マッチ」を持ち歩いていたのではないでしょうか?

悲しい覚悟です。

鬼殺隊解散後は?

詳細は不明

鬼殺隊解散後のストーリーでは、他の人たちと比べるとあまり詳細は描かれていません。

最終巻では「これから旅に出る」ような雰囲気でした。

炭治郎のところにおはぎを持ってきた形跡があるので、とりあえず元気みたい。

単行本第23巻に掲載の現代編では「不死川実弘」という子孫が登場しているので、その後は結婚して子供を授かったと見られています。

「字は読めるけど書けない」と言って手紙の返事をくれない

公式ファンブック『鬼殺隊見聞録・弐』に掲載の「炭治郎の近況報告書」によると、「字は読めるけど書けない」といって、手紙を出しても返事が来ないようです。

本当に書けないんでしょうか?

明治時代後期(1900年~1912年頃)の教育事情

実弥さんは21歳で、『鬼滅の刃』の時代は1910年代前半。

すると1890年代前半の生まれと考えられ、1900年頃から学齢期に入る計算になります。

実弥さんが子供の頃は学校制度がどんどん整備された時代で、4年間が義務教育期間(授業料無償)。1900年当時の学齢期児童の就学率は80%を越え、1908年には96%に達しています。

当時の小学校令では、児童労働に関しても義務教育を妨げないようにと規定がなされています。

参考資料:文部科学省白書「学制百年史」五・義務教育制度の確立

基本的な「読み書きそろばん」は学んでいる可能性が高い

時代背景的には、基本的な「読み書きそろばん」は学んでいる可能性が高いです。

「読めるけど書けない」というだけでは、学習障害かどうかは判断がつきません。字を書くためには誰でも練習が必要なので、そこを見ないことには何とも言えません。

実弥さんの生い立ちを考えると、単純に書く練習が不足している可能性もおおいにあります。

育った環境を考えるとあまり学校に通えなかったかも知れませんが、頭は良さそうですし、長男で責任感も強そうなので、「読み書きそろばん」の必要性を理解して、最低限は自分からでも学んでそうですよね。

右手の指を2本失くしていることと、「恥ずかしがりや」「ガキっぽい」という他の柱たちの評価から、単に書くのがめんどくさい&気恥ずかしくて手紙の返事を書いていないだけ、という可能性もかなり高いです。

ただ義勇さんのように「体裁の整った文章を綺麗な字で」書くのは、幼少期~鬼殺隊での実弥さんの生活を想像すると、たしかにそんな練習をする時間はなかったでしょうから、苦手なのかも知れません。

恥ずかしがりといえば、集合写真でもそっぽ向いてましたね。

幸せな人生を送って欲しいと思います。

その他

「柱相関言行録」によると、胡蝶しのぶに対してよく「元気か?」と聞いているらしいです。その理由はカナエさんの妹だかららしい。兄属性万歳。