研究・考察

【研究】”水柱”冨岡義勇さん【心に水面を】

”水柱”冨岡義勇(とみおかぎゆう)さん、公式年齢は21歳。

誕生日は2月8日で、東京府豊多摩郡野方村(現・中野区野方)出身。好きな食べ物は「鮭大根」。趣味は「詰将棋」です。

「詰将棋」というのがまた。誰か一緒に対局してあげてくださいって感じです。

以下、最終話までの内容とファンブック等のネタバレ含みますので、未読の方はご注意ください。

義勇さんの略歴

姉を鬼に殺される

両親を病気で亡くし、お姉さんの蔦子(つたこ)さんと二人暮らしをしていましたが、お姉さんは祝言を挙げる前日、鬼に襲われて亡くなってしまいます。

その際、お姉さんは義勇さんを鬼から隠して守りました。

「鬼に襲われた」ことを義勇さんは説明しますが、周囲の人たちは誰も信じず、「姉が亡くなり精神を病んだ」と判断されてしまいます。

鱗滝さんのもとで修業

そして遠くの医者の親戚のもとへ送られそうになりますが、義勇さんは途中で逃亡。山中で猟師に助けられ、鱗滝さんのもとへ預けられます。

そこでそのまま「鬼殺隊士」になるべく修行を始めます。

13歳で”最終選別”に臨む

同門で同い年の錆兎(さびと)とともに”13歳で”最終選別”に臨みます。

原作では修行を始めたのが13歳だったのか、”最終選別”を受けたのが13歳だったのかが少しあいまいとなっていますが、文脈を考えると13歳のときに”最終選別”を受けた可能性が高そうです。

義勇さんは最初に遭遇した鬼に怪我を負わされ、一体も鬼を倒さないまま、仲間に介抱されながら7日間を生き延び”隊士”となります。

そして錆兎はというと、ほとんど全ての鬼を倒すものの、最後に命を落としてしまいます。

関連記事→【研究】錆兎(さびと)

”隊士”になってから

この”最終選別”は義勇さんに、無力感と心の傷を長い間残しました。

このことがきっかけで、義勇さんは心を閉ざし、前を向けなくなってしまっています。笑顔も消え、性格もすっかり変わってしまいます。

それからは「生き残った罪悪感」を払拭するように修行を重ね、鬼を倒し、人を助け、そして強くなり続けていき、やがて”水柱”に就任します。17歳頃のことだったと考えられます。

関連記事→【考察】”柱”になった順番と年齢【10人】

義勇さんの内面

「生き残った罪悪感」にとらわれる

”水柱”になってからも、それでもなお「自分は”水柱”ではない、”隊士”の資格すらない」という思いが義勇さんから消えることはありませんでした。

錆兎のことだけでなくお姉さんのこともあり、義勇さんは「生き残った罪悪感」にとらわれていたと考えます。

自分には何もできない、いつも守られるだけ、という自己評価の低さと自責の念は、「鬼を斬る」「人を助けたい」という気持ちと一緒になることで、義勇さんをより強くなるための修行へと向かわせました。

そして若くして”水柱”にまでなりましたが、どれだけ修行して強くなっても、自分自身が生きていること、生きて鬼殺隊にいること、に対する負い目が消えることはなかったのです。

この「生き残った罪悪感」は、のちに炭治郎によって、錆兎とのやり取りを思い出すことで取り払われます。

感情の制御-心に水面を

義勇さんは強くなるために、「思い出すと涙が止まらなくなる」出来事を思い出さないようにしていました。

「水の呼吸」を極めて強くなるためには、心を保たなければならなかったのです。

『鬼滅の刃・外伝』「冨岡義勇外伝」で、鱗滝さんから教えを受けるシーンがあります。

”柱”になるためには「呼吸を保つ心が必要」「心に水面を思い浮かべろ」という内容で、全集中・常中とともに感情に左右されない強い心が必要なのだと、わたしは解釈しました。

義勇さんは「過去を思い出さない」ことで感情を制御しました。

「思い出さない」という選択肢も、普通に生きるだけならその方が良い場合もあるでしょう。しかし”柱”として必要になってくるのはやはり「過去を受け入れて」感情を制御する・感情を力に換えることだったのだろうと思います。

”風柱”不死川さんと違いが出るとすれば、この点ですね。

もし義勇さんが「無限列車編」魘夢のような、精神系の攻撃が得意な鬼に過去に当たっていたら、このあたりを責められて負けていたのではないでしょうか?

炭治郎との関係から見える優しさ

義勇さんは第1巻で炭治郎に出合った際、禰豆子を守るために土下座した炭治郎を叱責しています。

これは「怒りを原動力に、炭治郎を絶望から立ち直らせるため」だったとされています。

関連記事→【考察】義勇さんが炭治郎に怒ったセリフに込められたメッセージ【第1巻にて】

でもその後は炭治郎の”鬼殺隊士”としての適性を見出し、禰豆子の特異性を認め、「鬼は斬るもの」という固定観念から離れた柔軟な思考で、炭治郎と禰豆子を育手である鱗滝のもとへ送り出しています。

このとき禰豆子に竹筒の口枷をつくってあげています。巷ではこの竹筒は義勇さんの水筒だったという噂も。

そして倒れた禰豆子に上着をかけてあげたのも義勇さんのようです。優しい。

クールで寡黙ながら情は厚く、自らの信念や判断に対して潔い性格

那田蜘蛛山でも炭治郎と禰豆子を胡蝶しのぶから守り、柱合会議でも伊黒さんに押さえ込まれた炭治郎を助け、転んだ甘露寺蜜璃に手を貸して起こしてあげるなど、守る・助けるべきものに対して迷いは見られません。

お館様にも命をかけた嘆願書を出してくれています。

那田蜘蛛山で胡蝶しのぶに炭治郎と禰豆子のこと説明しないまま二人に「逃げろ」と言ったのも、もしかしたら「胡蝶しのぶに連帯責任が及ばないようにするため」だったのかも知れません。

あのとき炭治郎たちのことを説明すれば、胡蝶しのぶは必ず連帯責任を負って二人を自分で引き取りますから。

クールで寡黙ですが、情は厚く、自らの信念や判断に対しても潔いです。

炭治郎たちが蝶屋敷を出て「無限列車」の任務に出発するときは、わざわざ蝶屋敷前まで会いに来てくれています。

このシーンはアニメ版のみの追加シーンですが、義勇さんの人柄が垣間見える良い追加シーンだったと思います。

他の”柱”たちとの関係

義勇さんはあまり他の”柱”たちと仲が良いほうではありませんでした。

自己肯定感が低く、自分を卑下して「俺はみんなとは違う」という言行をしていたので、お高くとまっているように誤解されたり、協調性がないと受け止められることもあったようです。

しかし裏を返せば、義勇さんがしっかりと”柱”としての務めを果たし、周囲からたしかな実力を評価されているからこそ、こうした誤解が成立すると言えます。

公式ファンブック鬼殺隊見聞録・弐』に収録の「柱相関言行録」では、「口下手」「暗い」「無口」といった印象が並んでいます。

特に不死川さんと伊黒さんからははっきり「嫌い」と言われてしまっています。

ただ、本編終了後は、不死川さんといっしょにご飯を食べに行ったりもしているようです。

義勇さんが本来の性格を取り戻したことと、戦いを通じて、お互いの関係が改善され少しずつ仲良くなった模様。良かった。

「ぎゆしの」について

胡蝶しのぶさんとは「ぎゆしの」として根強い噂がありますが、決定的な証拠はありません(笑

せいぜい第5巻の本体表紙で、しのぶさんが冨岡さんをつんつんしながら「ねえねえ義勇さん」と呼んでいるぐらいです。

「月が綺麗ですね」というしのぶさんのセリフが有名ですが、原作ではこのセリフは姉鬼に対してのみ使用されたセリフです。

「ぎゆしの」については別記事で考察をしていますので、そちらをご覧ください。

本編終了後の義勇さん

本来の自分を取り戻してからの義勇さんや、とくに本編終了後の義勇さんは、第1巻の初登場時と比較すると本当に別人のようです。

鬼滅の刃公式ファンブック-鬼殺隊見聞録・弐』収録の「炭治郎の近況報告書」では、さわやかな笑顔を見せるようになっています。

あの笑顔を見ると、今までのことを思い出して涙があふれてしまいます。

宇髄さんとも親交があるようで、いっしょに温泉に行ったり、仲良くしてるみたいです。

関連記事→【感想】『鬼滅の刃公式ファンブック-鬼殺隊見聞録・弐』

子孫について

その後については2021年9月現在、詳細は描かれていませんが、現代編で「冨岡義一」という子孫が登場しています。

なので、結婚して子供を授かったと見られています。

ただ、ファンブックでは義勇さんのところだけ「子孫にあたる」という表現をされていたため、親戚筋の子孫では?ともファンの間では言われています。

このあたりの事情は本編や外伝・ファンブック等にも2022年7月現在、一切情報はありません。

ちなみに親戚筋の子孫でも、「子孫」と呼ばれることは多いです。無一郎くんも「日の呼吸」の剣士の「子孫」扱いでしたが、実際は直系ではないですよね。