研究・考察

【研究】錆兎(さびと)

炭治郎が狭霧山で修行中、鱗滝の課した最終課題である”岩を斬る”ことが出来なくて悩んでいると、突然狐の面をかぶった少年が現れ、炭治郎を叱咤して稽古を手助けします。

この少年の名前は錆兎(さびと)。口元に傷のある、宍色(ししいろ)の髪をした少年です(CV:梶裕貴)。

宍色(ししいろ)。
宍色。カラーコード#efab93(参考:和色大辞典https://www.colordic.org/w)

以下、最終話までの内容およびファンブック等のネタバレを含みますので、未読の方はご注意ください。

錆兎の略歴

両親を鬼に殺される

錆兎も鬼殺隊に関わる多くの人たちと同じように、両親を鬼に殺されています。

錆兎の着物は、父親の形見の品です。

その後の経緯は不明ですが、鱗滝左近次のもとで”鬼殺隊士”となるべく修行をはじめます。

狭霧山で修行する

狭霧山では(おそらく後から来た)冨岡義勇とともに修行をし、一緒に”最終選別”にのぞみました。

単行本15巻・第130話の冨岡義勇の回想によると、年齢は冨岡義勇といっしょで、正義感が強く心の優しい少年だったということです。義勇ともすぐに仲良くなりました。

修行中「(姉に代わって)自分が死ねば良かった」と語った義勇に対して錆兎は怒り、義勇の頬をはたいて「託された未来を繋ぐ」ことを説きました。

”最終選別”で命を落とす

冨岡義勇とともにのぞんだ藤襲山の”最終選別”では、他の参加者たちを助け、ほとんど全ての鬼をひとりで倒してしまう活躍をみせました。

しかし、鱗滝に恨みを持つ”手鬼”に敗れ、命を落としてしまいます。

”手鬼”いわく「一番強かった」とのことで、”手鬼”と対峙した鱗滝門下14名のなかでは最も強かったものの、頚が硬くて斬りおとせず、刀の方が折れてしまったようです。

それまでに鬼を斬りすぎて、刀が傷んでしまっていた可能性も、読者たちからは指摘されています。

関連記事→【考察】手鬼はどうして47年も藤襲山で放置されているのか【第1巻にて】

錆兎は強かったのか?

冨岡義勇の錆兎に対する発言から、13歳時点では義勇より強かったようです。

”手鬼”いわく「一番強かった」とのことで、”手鬼”と対峙した鱗滝門下のなかでは最も強かったと考えられます。

「呼吸」「体力」「気力」は随一

炭治郎に稽古をつけたときの様子や義勇の回想から、「全集中の呼吸」「水の呼吸」を使いこなしていたようです。

炭治郎は”最終選別”では8体の鬼を倒しました。生き残った5人が同じくらいの数を倒しているとすると、最低でも40~50体ほどが山にいた計算になります。

当時も同じぐらいいたと考えると、40~50体を数日のうちにひとりで倒した計算になります。

藤襲山にいる鬼はそれほど強くない鬼ですが、遭遇率を考えるとかなり積極的に倒しに行ったと想像できます。

8体の鬼を7日間かけて倒した炭治郎でさえ、山からの帰り道は疲労困憊の様子だったので、数日でそれだけの鬼を、仲間を守りながら倒した体力はかなりのものです。

”手鬼”に出会ったのが最初だったら、刀や体力が万全の状態だったので、倒せていたのかも知れません。

「無茶な戦い方」をする傾向あり?

”最終選別”にあたっては、「七日間生き延びる」ことが条件なので、全ての鬼を倒す必要はありません。

また他の参加者たちもそれなりに修行を積んだ身で、”隊士”になれば鬼を倒さなければならない立場です。錆兎がほとんど全ての鬼を倒したようですが、他の参加者たちのことをどう考えていたのでしょうか?

もし「他の参加者を守る」という立場で行動していたとしたら、ちょっと自分の力を過信しすぎですよね。

協力して倒す、という考えを持たないまま錆兎が”隊士”になったとしたら、やはり早い段階で命を落としていたでしょう。

そして、「7日間生き延びる」ことを最終目標として、きちんと刀や自分の状態に注意を払っていたかどうかも気になるところです。

このあたりは、”最終選別“のときの炭治郎の計画的な行動(7日間生き残る、まずは東を目指す)や、那田蜘蛛山で炭治郎と伊之助がみせた共闘とも対比になるのではないでしょうか。

「水の呼吸」があっていなかった可能性は?

錆兎は「水の呼吸」を学び使いこなしていたようですが、錆兎の性格や言動、見た目などから、もしかしたら炭治郎と同じく適性は他の呼吸にあったのではないかと感じます。

刀鍛冶の鋼鐵塚さんは炭治郎の容姿を見て、「刀は赤くなるかも」と予想しています。

刀鍛冶にとって、容姿と刀の色にある程度関連があるというのは常識なのかもしれません。

錆兎の髪は宍色。黄みがかった赤色です。性格は熱くて正義感が強く、仲間を「守る」気持ちが強い、ということから、少し煉獄さんを思い出してしまいます。

そして感情を出すことも多く、「水の呼吸」の極意とも言える「心に水面を保つ」という姿勢からは遠いように感じます。

どちらかというと「心を燃やせ」タイプですよね。

もし錆兎が日輪刀を手にしていたら、刀身は赤く染まっのたかも知れません。

まとめ

錆兎は”最終選別”の段階では確かに参加者のなかで一番強かったと考えられ、”手鬼”と対峙した鱗滝門下14名のなかでも最も強かったです。

けれど「七日間を生き延びる」ために「皆で協力」し合う、という姿勢が少し欠けており、「無茶な戦い方」をする傾向がある人物だと考えます。

また「水の呼吸」に適性がなかった可能性もあり、日輪刀も痛みやすかったのかも知れません。

そのため、それまでの刀の酷使もあって硬い”手鬼”の頚を斬ることが出来なかった、と考えることができます。

錆兎はたしかに強かったですが、あくまでも”最終選別”の段階でのことです。

刀も身体も万全な状態で”手鬼”と対峙していたら、”最終選別”は突破していたかも知れませんが、その後”隊士”となって生き延びられたかどうかは、危ういものを感じます。

関連記事→【考察】”最終選別”を考える