研究・考察

【考察】炭治郎を中心とした時系列【大正時代初期】

炭治郎を中心とした、本編(単行本第1巻~第23巻)の時系列の考察です。

また本編の時代は、「手鬼」との会話から1910年代前半、大正時代初期ということが分かっています。

原作・公式スピンオフ小説・外伝・公式ファンブックを資料に使い、アニメ版は参考程度にしています。

全体の時系列を書いた記事もあるので、下の記事↓もどうぞです。

関連記事→【研究】時系列を書いてみた【ネタバレあり】

最初に:炭治郎の年齢について

物語の始まり、炭治郎の家族が冬に無惨の襲撃を受けた頃、炭治郎は「13歳」と小説版で書かれています。そこから2年間の修行に入ります。

公式設定では炭治郎は「15歳」なのですが、誕生日が7月なので、岩を斬る修行のときには既に15歳になっていて、そのまま15歳のときに”最終選別”に合格。

満年齢で考えると、隊士となって1年目の7月、「無限列車編」の後頃では16歳になっている計算です。

炭治郎中心の時系列考察

ここではまず、竃門家襲撃の年を西暦X年として考えていきます。

ただここでの前提として、「正月」を現代と同じく1月で考えています。大正時代の田舎では「旧正月」の習慣がまだ根強くて、2月頃に大きなお祝いや行事をすることもあったと思いますが、いったん1月としておきます。

もし旧正月のことだった場合は、修行開始~最終選別~浅草までの期間で調整が入り、鼓屋敷以降は変化なしとなります。

X年冬(12月ごろ) 竃門家襲撃事件

第1巻の最初のシーンでは、雪が降っています。

「正月になったら~」みたいなセリフもあるので、12月下旬ごろじゃないかと思います(※上で書いたように「新暦」で考えています)。

また、炭治郎が「ヒノカミ神楽」を正月に舞った描写もないこと、禰豆子が「お父さんが死んじゃって寂しいのよね」と兄弟を思いやる様子から、父の炭十郎さんが亡くなったのも、この年かもしれません。

冨岡義勇もこの頃既に”水柱”だったことが、日輪刀の”悪鬼滅殺”の文字から分かります。

(X+1)年6月 炭治郎は修行中

「禰豆子が目覚めなくなって半年」という記述から。

(X+1)年12月 「もう教えることはない」

狭霧山に来て一年経ち、鱗滝さんから「もう教えることはない」と言われてしまう。

以降自主練へ。

公式ファンブックによると、修行の平均期間は1年らしいので、このときの炭治郎ぐらいの実力で”最終選別”に向かう人も多そうです。

(X+2)年6月 まだ岩は斬れない

”最終選別”に行くための試練として課された「岩を斬る」ことがまだまだ出来そうにない炭治郎。

そこへどこからか錆兎と真菰が現れ、炭治郎の悪いところを指摘し稽古をつけてくれるようになります。

関連記事→【研究】錆兎(さびと)

(X+2)年12月 ついに岩を斬る

修行を始めて約2年。この頃になると、顔立ちがかなり精悍になります。

ついに錆兎の面を斬った炭治郎。岩も斬れていました。

そして”最終選別”へ。

(X+3)年1月 最終選別

「藤の花が咲く時期じゃないのに」という炭治郎のセリフから、春以外の季節。

藤の花は4月~6月頃に咲く花だからです。

”最終選別”が年に何回行われているのか分かりませんが、岩を斬ってすぐに参加できたとしたら12月から遅くても2月頃。その次だとすると夏になってしまいます。

今回は、”最終選別”は1月ということで進めます。

”最終選別”では、炭治郎は”手鬼”以外をわりと余裕を持って倒すことが出来たようです。

関連記事→【考察】”最終選別”を考える

”手鬼”の発言から時代が特定できる?

また、この頃にはもう大正時代に入っています。

大正時代は1912年から1926年の間なので、おおまかに、1912<X+3<1926 ですね。

そして、”手鬼”が捕まったのは47年前の慶応年間(1865~1868年)ということなので、

1865+47<X+3<1868+47

1912<X+3<1915

となって、

”手鬼”が数え間違いをしていなければ、竃門家襲撃事件が起こったX年は、1909年~1912年頃、と考えることが出来ます。

ですので、本編の主な物語は大正時代初期が舞台だと考えることが出来ます。

(X+3)年2月下旬 初任務

最終選別に7日、その後刀が届くのが15日、でざっくりと計算すると、最終選別からひと月も経たないうちに初任務になります。

というわけで、初任務は2月下旬です。

終わると連続して浅草に向かうよう言われてしまいます。

アニメでは、浅草の珠世さんの隠れ家で桜が咲いています。

(X+3)年3月中旬~下旬 善逸・伊之助と出会う

このあたりは時系列判定がちょっとあいまいです。

浅草に行って、その後で鼓屋敷に行くまでが何日ぐらいなのか、はっきりしません。

炭治郎の怪我が治っていないので、それほど経っていないと思います。

絵から受けた印象では、なんとなく早春という感じです。

ですので、善逸・伊之助と出会ったのは3月中旬~下旬と考えます。

(X+3)年4月下旬ごろ 那田蜘蛛山へ

藤の花の家紋の家で療養をした期間が、おそらくひと月ほど。

肋骨の骨折ということなので、それぐらいはかかったんじゃないかと思います。

ですので、那田蜘蛛山に行ったのは4月下旬頃になります。

癸クラスだと月に1~2回ペースで指令が来るんですかね?

ちなみにこのとき、炭治郎たちと同期の栗落花カナヲの階級は上から6番目の”己(つちのと)”で、かなりのスピードで出世しているようです。

月の形は当てになる?

那田蜘蛛山のときは満月が何度も描かれているので、それもヒントになりそうです。

ただ初任務のときも満月でしたが、その数日後にあたる予定の月の形はおかしかったです。

なので月の形だけでは全てが判定できなさそう。

(X+3)年4月終わり頃 柱合会議&柱合裁判

那田蜘蛛山の後すぐに、炭治郎は柱合裁判にかけられてしまいます。

そのとき炭治郎は「禰豆子が鬼になったのは二年以上前」と発言しています。

また、鱗滝さんの手紙に「新緑の候」とあり、これは5月に使うとされる時候の挨拶です。

ただ、遅くなるほど他の時系列が全てずれてくるので、ここでは4月の終わり頃と判断しておきます。

ちなみに今回の柱合会議に参加していたのは、悲鳴嶼さん、煉獄さん、不死川さん、宇髄さん、伊黒さん、時透くん、しのぶさん、義勇さん、甘露寺さん、の9名でした。

柱合会議は半年に一度らしいので、4月末と10月末に行われていると予測ができます。

関連記事→【考察】”柱”になった順番と年齢【10人】

(X+3)年6月ぐらいまで 蝶屋敷滞在

善逸が治療のために「3ヶ月間薬を飲み続ける」という記述があります。

炭治郎たちは「機能回復訓練」も受けています。

明確に分かる部分だけ書くと、

  • 善逸と伊之助がさぼって炭治郎だけの期間が10日
  • 炭治郎の全集中・常中の訓練15日+10日
  • 炭治郎が修得したあと、善逸・伊之助が全集中・常中の訓練9日

これだけで既に44日かかっており、その前の休養日数や全集中・常中修得後の訓練、余分にかかった日数を含めると、やはり2ヶ月ぐらいは蝶屋敷に滞在していたと思われます。

ですので、蝶屋敷を出発したのは、はやくても6月ですね。

(X+3)年6月 無限列車に乗る

ここまで計算して行った結果、だいたい6月下旬に無限列車に乗りました。

ただ、この辺りはラストに合わせてかなりきつきつに考察してあるので、原作の記述にあわせながらゆったりした考察をすれば、もっとあとでも成立します。その場合ラストまで1年余分にかかりますが。

映画の「無限列車編」公開は10月だったので、本当はここも10月にしたいところです。

(X+3)年10月 遊郭に潜入

無限列車での煉獄さんとの別れから4ヶ月経過した描写があります。

ですので、遊郭に潜入したのは早くて10月ですね。

アニメ版では紅葉の描写があったので、秋ごろで間違いないはずです。

原作では蝶屋敷にアジサイっぽいのが咲いていたことと、三人娘が麦藁帽子をかぶっていたのが若干気にはなりますが……。

遊郭編の中盤あたりでも、煉獄槇寿郎から届いた手紙を炭治郎が思い返すシーン(第10巻p.28)があり、そこでも「この四ヶ月千寿郎とも手紙のやりとりを~」と書かれています。

ちなみに遊郭編では、炭治郎たちの階級は「庚(かのえ)」です。

ただ、もしここが6月ぐらいなら、最終決戦までの日程にはかなり余裕が出来ます。

(X+3)年11月 刀鍛冶の里へ

遊郭潜入期間が不明ですが、おそらく5日ほどで、その後の治療期間は約2ヶ月らしいです。

よって、刀鍛冶の里に行ったのは11月ぐらい

松茸ご飯が出たらしいので、季節は秋の可能性が高いです。

早ければ夏ごろでも松茸はとれるみたいですけど、どうなんでしょう?

逆にここが秋じゃなければ、時系列を一年増やして考えることが可能です。

刀鍛冶の里には少なくとも10日ぐらいいたと思われます。その後2週間の治療と静養を経て、柱稽古へ。

(X+3)年12月 炭治郎の柱稽古期間

炭治郎が柱稽古に出向いた期間は

  • 宇髄のところ:10日
  • 時透のところ:5日
  • 甘露寺のところ:?日
  • 伊黒のところ:4日
  • 不死川のところ:1日
  • 悲鳴嶼のところ:7日?
  • 冨岡のところ:1日?

 という感じなので、ひと月ぐらいかかってますね。

関連記事→【研究】”柱稽古”を分析

(X+4)年1月 最終決戦

だいたい1月頃になる計算です。

(X+4)年4月 エンディング

エンディングは、最終決戦から3ヶ月後の桜が満開の季節です。

東京で桜が咲くのは3月下旬以降なので、4月上旬ぐらいでしょうか。

まとめ

だいたいこんな感じなんじゃないでしょうか?

最後を桜の季節にあわせながら当てはめたんですが、ぎりぎりはまりました。

”柱合会議”の鱗滝さんの手紙に「新緑の候」とあること、刀鍛冶の里で「松茸ご飯」が出たのが結構ネックでした。

そして、竃門家襲撃事件が起こったX年は、西暦1909~1912年頃、ということがわかり、物語本編の世界は1910年代であるということがわかりました。

でも、こう見ると、炭治郎が正式に鬼殺隊員だった期間は、ほんの一年ほどになってしまうんですね。しかもそのうち半分くらいは療養中ってことになってしまう。

やはりあちこちいじって、もう一年ぐらい増やした時系列にしてみるのもありかも、と思います。

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