「胡蝶」という名前から、作品の多様な可能性を考える
「胡蝶(こちょう)」という苗字は現実にはないそうですが、古典ではときどき出てくる単語です。
有名なところでは、
- 「胡蝶の夢」という荘子の説話
- 『源氏物語』の第24帖「胡蝶」
- 「土蜘蛛(能)」の登場人物
などがあります。
この「胡蝶」という名前をもとに、「古典」にとどまらない、他の分野にまでひろがる作品の可能性を考えてみたいと思います。
「胡蝶」が出てくるお話の概要
「胡蝶の夢」
「夢」と「現実」は区別が出来ないものであり、どちらが本当かも分からない、という説話です。
自分が蝶になった夢を見ていて目を覚ましたが、今の自分は蝶が見ている夢なのかもしれない、というお話です。「胡蝶」は「蝶」のことです。
『源氏物語』「胡蝶」
光源氏が養女として自分の邸にひきとった、玉鬘(たまかずら)という女性とのお話がメインとなっている巻のひとつです。
玉鬘はかつての恋人の娘で、実は親友の娘でもあります。そんな彼女に源氏は惹かれるのですが、そこはぐっと我慢をして養女として扱います。
またしのぶさんは誕生日が2月24日ですが、『源氏物語』「胡蝶」巻も24帖目となっています。偶然でしょうか?
『源氏物語』「胡蝶」巻のあらすじはhttps://flouria001.com/entry/genjimonogatari-24-kochou/に書いたので良かったらこちらもどうぞです。
「土蜘蛛(能)」の登場人物
源頼光(みなもとのよりみつ)が土蜘蛛を退治するお話です。
この登場人物で、頼光に薬を持ってくる人物の名前が「胡蝶」となっています。
ちょっと「那田蜘蛛山編」のストーリーとかぶりますね。
投扇興(とうせんきょう)が名前のルーツ?
「投扇興(とうせんきょう)」というのは、江戸時代中期ごろから行われている庶民の遊びです。中国にある似た遊びの簡易版といった感じです。賭け事に使われたりもしたため、時の政府が禁止令を出したこともあるようです。現代では家庭や地域で遊ばれることは少なくなりましたが、一部では受け継がれています。
どういう遊びかというと、「蝶(ちょう)」と呼ばれる的を「枕(まくら)」と呼ばれる台に乗せ、そこに「扇(おうぎ)」を投げ当て、「蝶」「枕」「扇」で出来た形(「銘(めい)と言います)で点数を競います。
その「銘」のひとつに「胡蝶(こちょう)」と呼ばれるものがあります。
「扇」はあの童磨が使う武器でもあるので、意味深です。
投扇興にはいくつも流派があり、多くの流派で「銘(めい)」の多くは『百人一首』や『源氏物語』から名前をつけられているので「胡蝶(こちょう)」が入っているだけならおかしくないのですが、「もしかして?」とも思ってしまいますよね。「葵(あおい)」ももちろんあります。
また的である「蝶」の呼び方は材質や流派によっても多少違い、的を「花」や「胡蝶」と呼ぶ流派もあるようです。
※「栗花落(つゆり)」や「嘴平(はしびら)」という銘もあると噂になっていますが、わたしが探した範囲では見当たりませんでした。どこかの流派にあってもおかしくないですし、無かったとしても、これからつくるのも良いかもしれません。見つかったらまた追記します。
もともとはしのぶさんがヒロイン枠?
『鬼殺隊見聞録・弐』によると、もともと吾峠先生は炭治郎を主役に考えていなかったそうです。
叩き台となったもともとのお話を見て、編集の方が「主役にするのにもっと良い登場人物はいないか」と先生に尋ねたところ、炭治郎と禰豆子の設定を吾峠先生が出してきたのだそうです。
前身作である『鬼殺の流』(『鬼殺隊見聞録』にも一部収録)を見てみると、主人公は義勇さんをもっと暗くしたような感じだったので、もともとは義勇さんタイプを主人公として考えていたのかもしれません。
そうなると、もしかしたらしのぶさんはヒロイン枠で存在していて、那田蜘蛛山あたりまでのストーリーや設定は、あらかじめ決まっていたのではないでしょうか?
だからこそ、「胡蝶」という名前にリンクした設定やストーリーが存在する、のかもしれないですね。
また『鬼滅の刃』は、吾峠先生がそれまでに書かれた読み切りをまとめあげてつくりあげた大作、とも言える内容です。気になった方は『吾峠呼世晴短編集』もぜひご覧ください。
本作品からひろがる可能性
「歴史・文化系」への学びのひろがり
全体を通して、古典に出てくる「胡蝶」はどれも『鬼滅の刃』の世界観ともリンクできると思いました。
『鬼滅の刃』は歌舞伎や能の舞台へと移植されつつあり、内容や大ヒットした記録、時代背景を考えると、これからの未来も受け継がれていく作品です。
そして『鬼滅の刃』という作品を媒介に、古来から伝わる日本文化や古典、歴史や文化史への学びを広げることができます。
「観光」「経済」へ波及できる可能性
また、関連する場所・地域へと実際に出かけたいと思う人の増加は、「聖地巡礼」による「観光ツーリズム」の高まりという分野へも広がります。
映画館へ行かなかった層を映画館へ向かわせる、という効果もありました。
「演技・表現」「媒体の違い」を感じることができる
映画館で上映とテレビ放送で観た場合の違いを感じた方も多かったと思います。
わたしも、妓夫太郎のシーンを映画館でみたとき、テレビでみるよりずっと、声優さんの演技から恐怖感と迫力を感じました。既にみたことがあり、内容も知っているシーンのはずなのに、です。
鑑賞する環境や媒体・メディアが違うことによって、
「学校」での取組みへの利用
ある中学校では「道徳」の授業で、『鬼滅の刃』を題材に「やさしさとは」というテーマで課題が組まれたそうです。
高校や大学で卒業論文を書く方は、「鬼滅の刃」から着想を得てもいいかもしれないと思います。
まとめ
このように、本作品は「漫画・アニメ」という枠内におさまらないたくさんの可能性がつまっていると結論づけて、この記事をしめることとします。