研究・考察

魘夢が見せた「夢」から考えるキャラクターの内面

「無限列車編」では下弦の壱である魘夢(えんむ)が、炭治郎、善逸、伊之助、煉獄杏寿郎に「しあわせな夢」を見させました。

それぞれが見た「夢」について、考えてみようと思います。

結論として

魘夢は自分が「見せたい夢」を見せることが出来るようです。そしてその夢は魘夢が特に操作しない限り、「過去の記憶」をもとにした「本人の願望」でつくられています。

この「過去の記憶」の出現割合がキャラクターごとに違い、「本人の願望」がどれだけ反映されているかが、それぞれで違うなと感じました。

炭治郎

炭治郎は「過去の記憶」と「本人の願望」がすべて盛り込まれた夢でした。

それゆえに、「現実」との乖離も大きくて、「夢」だと気付きやすくなってしまったのではないでしょうか。

善逸

善逸は「過去の記憶」も要素として入りつつ、「本人の願望」が大きい夢だった。

なので「夢」だとは気づきにくかったかもしれません。

伊之助

伊之助の夢に出てきた要素は、「どんぐり」以外は全て、炭治郎たちと出会って以降遭遇したインパクトの強かったもので構成されています。「過去の記憶」といえば「過去」ですが、ほぼ現在進行形のものです。

「本人の願望」と思える部分も「自分が親分となってみんなで冒険する」というもので、伊之助は「無限列車編」の時点では「今を楽しんでいる」と考えられそうです。

煉獄さん

煉獄さんは夢をふたつ見ていると考えます。

一つ目の夢は、車掌さんが切符を切った直後に見た、列車内で鬼を二体斬る夢。ここでは「本人の願望」だけが現われています。まさに普通の「夢」と言える内容で「立派な”炎柱”として後輩を導き慕われたい」という、わかりやすいものでした。

一つ目の夢は、もしかしたら魘夢の術外の、ただの煉獄さんの見た夢なのかもしれません。

二つ目は「過去の記憶」をそのままなぞったような夢で(おそらく本当にあったことだろうと推測しています)、「本人の願望」は入っていなかった。煉獄さんは魘夢でも操れないほど、本心に蓋をしてしまっているのかも。

竈門炭治郎の場合

家族との夢

もしも家族が殺されず禰豆子が鬼になっていなかった場合の、今までどおりの暮らしが描かれています。

映画版・アニメ版では弟妹たちを見た瞬間に日輪刀を投げ捨てているのも印象的です。

「本当だったらこうありたかった」という気持ちを強く持っていて、その気持ちを普段は心の奥に押し込めているんだろうな、と想像できます。

最後に家族を振り切って現実へと戻っていくシーンは、映画館でも涙あふれですよ。

辛い道のりですね。

無意識領域

どこまでも広く美しくあたたかい場所。光る小人たちもいます。

炭治郎の分身のような光る小人たちは、探している者がいれば精神の核にまで案内してしまう純粋さがある。

心が疲れたときにこんな美しい場所にたどり着いたら、たしかに涙があふれて動けなくなってしまいそうです。

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我妻善逸の場合

禰豆子との夢

「桃畑」「白詰草の花かんむり」「禰豆子ちゃん」がキーワードになっています。

禰豆子と楽しい時間を過ごしたい、という「願望」があらわれすぎちゃっていますが、場所が「桃畑」というのが印象的です。

「桃畑」があるところは善逸が修行をした場所で、そこに思い入れはあるけど直接帰りたくはないな、逃げ出したいな、修行つらかったな、でも帰りたいな、という気持ちもちょっと入ってたりするような。

白詰草に関しては、スピンオフ小説『鬼滅の刃-しあわせの花』第2話で、蝶屋敷での訓練中に善逸が禰豆子を誘って花畑に出かけるエピソードが紹介されています。

これが本当に、善逸にとってしあわせなひとときだったのでしょう。

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無意識領域

息苦しく重たい真っ暗な世界。入ってきていいのは禰豆子ちゃんだけらしいです。

本当に好きな人、というか、善逸が今まで出会ってきた「裏で悪口を言う」「自分を裏切る」ような女の子ではない、信じ切ることができる女の子が禰豆子だったのではないでしょうか。

『鬼殺隊見聞録・弐』に収録の本編終了後の後日談、「炭治郎の近況報告書」では、善逸の様子がおかしく、奇行が目立っています。

これは鬼殺隊が解散して刀を置いたことで、炭治郎や伊之助との関わり方や、自分自身の価値や居場所が分からなくなってしまったからではないかと思います。

善逸の心の奥にある闇と孤独感・疎外感は、簡単に拭えるものではなかったのかもしれません。

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嘴平伊之助の場合

洞窟探検隊の夢

これまで仲間と歩いてきた道のりが表現されているように思います。炭治郎たちと出会う以前の要素は「どんぐり」以外見当たりません。

「親分」としてみんなといっしょに冒険をする、というのは、まさにいま伊之助が現実でやっていることです。

ついさっき見た列車も登場し、そこには那田蜘蛛山を思い出したかのような蜘蛛の足がくっついています。

伊之助はずっと山で猪と暮らし、言葉を教えてくれたおじいさんたちはいるものの、人と関りを持ってきませんでした。

魘夢は「しあわせな夢」を見せたそうですが、伊之助がしあわせという感情を知り始めたのは、炭治郎たちと出会ってからなのかもしれません。

伊之助は「今を楽しんでいる」と言えそうです。

無意識領域

岩肌の、狭い洞窟のような場所。夢の世界も洞窟でしたが、そこと連続した雰囲気の場所です。

伊之助の精神世界はまだ原初のままで、成熟していない、ということのあらわれだとしたら面白いですね。あとの時間軸でもう一度無意識領域をのぞいてみたいです。

「鬼滅の刃」は誰を主人公にしても成り立つような、キャラクター設定が神レベルのお話です。伊之助の成長物語としてつくりかえて読んでも、きっと面白いと思います。

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煉獄杏寿郎の場合

一つ目:列車内で鬼を二体倒す夢

車掌さんが切符を切った直後、煉獄さんは鬼を察知して現れた鬼を倒します。

まさに”炎柱”というかっこいい動きで、倒した後は炭治郎たちに慕われ、「三人まとめて面倒をみてやろう」と兄貴肌を見せています。

魘夢の見せた夢ではない

これは煉獄さんの「願望」ではありますが、眠る前の状況や会話の連続でもあること、眠った直後で魘夢も「しあわせな夢を見始めた」と語る前であること、などから、魘夢の見せた夢ではなく、普通に煉獄さんが見た夢なのではないかと考えます。

なので、煉獄さんは普段から「立派な”炎柱”になる」「後輩に慕われたい」という願望を持っていたのではないかと思います。

二つ目:父・弟との夢

”炎柱”になったことを報告しても父上は喜んでくれず、弟にも本当のことをきっちり話して涙を流させてしまう。

魘夢が「しあわせな夢」を見せたのなら、父上は喜んでくれて、弟とも笑顔で会話が出来たはずです。でもそうではなかった。

そして母上も出てこない。

この煉獄さんの夢には「願望」が入っていません。

また炭治郎・善逸・伊之助は、水中に沈むように「深い眠り」に落ちていく描写がありますが、煉獄さんにはありません。

煉獄さんの本心は、魘夢が入り込んで操ることが出来ないほどかたく閉ざされていたのでしょうか。

総合すると

「考えても仕方がないことは考えない」という考えとともに、”誰もが認める立派な炎柱”となるために努力する毎日そのものに、杏寿郎さんはしあわせを感じようとしていたのではないでしょうか。

そしてその心の奥にあるものは、本当は”立派な炎柱になって両親にほめてもらいたい”というものだったのかもしれないと思います。

無意識領域

石畳の上に燃える炎。空にたちこめる煙と雲。

まるで戦後の焼け野原のようだと思いました。

燃えている炎は、煉獄さんのさまざまな迷いや悩みを焼いたあとではないでしょうか?

煉獄家の長男として”炎柱”を継ぎ、強き者になって弱きものを守り、鬼を狩るのが自らの責務だと言い聞かせて、迷いや悩み、葛藤も心の炎で焼き尽くしてきたのかもしれません。

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