研究・考察

【十二鬼月】猗窩座(あかざ)【上弦】

藤崎まや
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 上弦の参。手が出る早さは鬼一番らしいです。

猗窩座のプロフィール
  • 誕生日:不明
  • 身長・体重:173cm・74㎏
  • 趣味:鍛錬
  • 人間時代の名前:狛治(はくじ)
  • 人間時代の趣味:庭の手入れ、錦鯉の世話、絵を描く
  • 鬼になったときの年齢:18歳

 CVは石田彰さん。誰が担当するのかな?と思っていたキャストたちは「あなたが来ますか!」という反応をしたらしいです。

 以下、最終話までの内容、ファンブック等の内容を含みますので、未読の方はご注意ください。

生まれた時代と時代背景を考察

1710~1770年頃の生まれか

 猗窩座が鬼になったのは、描写から、少なくとも江戸時代の基盤が整い文化が成熟し始めてからです。

 入れ墨が刑として使われ始めたのは1720年からで、江戸では左腕に二本線がいれられました。再犯者にさらに1本入れ墨を追加するのは1777年からです。

 まあ狛治の場合は両腕に三本ずつ入っていましたから、お奉行様も幼い狛治の悪童ぶりにいろいろ悩んでそうしたのかも?

 猗窩座は「鬼になってから百年以上~」と無限城編特別映像で語っているので、童磨よりも先であることをふまえると、生まれたのは1710年~1770年頃ではないかと思われます。徳川吉宗の時代ですね。

旅姿での墓参りは見逃してもらえる可能性大

 1742年に『公事方御定書(くじかたおさだめがき)』が出来るまでは、追放刑もこまかい内容まで整備されていませんでした。

 もし「江戸十里四方追放」が言い渡されていた場合だと、江戸日本橋を中心とした東西南北十里で囲まれた地域には入れません。

 狛治はのちに父親の墓参りに戻っています。おそらく追放された範囲内に戻ったのだと思われますが、本来ならこれは禁止事項です。ただ、旅姿をして墓参りの目的などで戻った場合、見逃してもらえることが多かったそうです。

猗窩座が鬼になるまで

幼少期~父を養うために罪を重ねる

 猗窩座は人間だった頃、病気の父親を養うために罪を重ねながら生活していました。それを苦にした父親は、狛治を諫めるために自殺してしまいます。

 劇場版「無限城編第一章~猗窩座再来」での描写では、「南町奉行所」で裁きを受けた様子が描かれています。

少年期~武術道場に拾われる

 父の死後は江戸を処払いになってしまったようです。

 それからもますます荒れていた狛治ですが、ある日、素流道場というところの師範に拾われます。15歳の頃でした。

 そして病気がちの師範の娘、恋雪(こゆき)の世話をしながら、武術の修行をして暮らすことになります。ここから自然と、落ち着いた暮らしをするようになっていきます。

恋雪の病気

 「喘息の発作」と幕間で書かれているため、恋雪は現代でいうところの「小児喘息」を患っていたようです。成長して元気になるまでは、喘息に加えて、様々な感染症に次々とかかっていたのかもしれません。

本編で描かれなかったエピソード1

 狛治が16歳の頃、隣の道場の跡取り息子に怒った慶蔵が正式に勝負を申し入れ、慶蔵が出るまでもなく、狛治が9人を倒して勝利する、という出来事がありました。

 実は隣の道場の跡取り息子は恋雪のことを好いていて、恋雪を勝手に連れ出して喘息の発作で具合の悪くなった恋雪を放置する、ということをしでかしたのだそうです。

 勝負に負けて怒った跡取り息子は、真剣を持ち出して狛治に斬りかかったそうですが、狛治はその刀を「鈴割り(すずわり)」という技で、側面から打ち叩いて折ったそうです。

 狛治の技の美しさに感動した道場主は、今後素流道場と恋雪に関わらない、と約束し、平穏に数年が過ぎていきました

青年期~悲劇が襲う

 月日は流れ、元気になった恋雪と狛治に縁談話が持ち上がります。狛治18歳、恋雪16歳の頃でした。

 縁談の報告に父の墓を訪れた狛治ですが、帰宅すると師範と恋雪は隣接する道場の門下生たちによって殺されていました。井戸に毒を入れられたことによる毒殺でした。

 そして狛治は隣接する道場の門下生67名を素手で殺してしまいます。

 そのあと、強い鬼を作ろうとしていた無惨と出会い、鬼にされてしまいます。人間だった頃の記憶も無くなってしまいました。

本編で描かれなかったエピソード2

 一時は嫌がらせを止めていた隣の道場でしたが、約束していた道場主が亡くなり、恋雪と狛治の縁談を聞いた跡取り息子が門下生に焚きつけられて、戦っても勝てないために毒を入れたのです。

 なお、毒を飲んでしまった慶蔵は、同じく毒を飲んでしまった恋雪を抱えて、医師のもとまで血を吐きながら走ったそうです。恋雪はその時点ですでに亡くなっていたそうですが、慶蔵は亡くなるまで数時間の間、苦しみました。

 本編で描かれなかったエピソードは、全て単行本18巻の幕間にて掲載されています。

猗窩座が鬼になってから

十二鬼月の初期メンバー?

 無惨様に最初に鬼にされたときから「強い鬼を十二体ほどつくりたい」と言われていたので、早い段階で「十二鬼月」に入ったと考えられます。初期メンバーの可能性大です。

 その後「入替わりの血戦」であとから入った童磨に敗れ、現在は「上弦の参」を維持しています。

 無惨さまには気に入られているようです。

 もし猗窩座が十二鬼月の初期メンバーだとすると、十二鬼月ができたのは1750年頃以降とわりと最近です。そして童磨や妓夫太郎たちに続きます。猗窩座と童磨は、鬼になった時期はそれほど離れていないのかもしれません。

鍛錬が大好き

 「鍛錬大好き」で、「至高の領域」を目指して鍛錬に励んでいます。

 「強い人間」を見ると「鬼になれ」と勧誘しますが、なかなか成功しません。過去には鬼にした人間もいたようですが、みんな死んでしまったらしいです。

「女性は食べない」主義を貫く

 人間だった頃の記憶はないですが、無意識に何か覚えているのか、女性は食べないとのこと。童磨に「女性を食べたほうがいい」とアドバイスされていたようです。

猗窩座の技の由来

 単行本第18巻90頁によると、猗窩座の技は全て思い出が土台になっているそうです。

 技名は花火から、術式展開の模様は恋雪の髪飾りから、構えや技は素流から、という具合です。花火は恋雪との忘れられない思い出です。

 でも鬼となってからは、人間だったころの記憶は全て失っていたはず。

 それでも心の奥底には決して消えないものがずっとあり、鬼となってからもそれらを追い求めて長い年月を彷徨っていた、といえそうです。

同じ上弦の童磨とは仲が悪いみたい

 色んな点で童磨とは正反対で、童磨とは仲が悪そうです。

 童磨が頻繁に送ってくるテレパシー的なものをうるさく感じていたようで、猗窩座は無惨さまに「童磨がうるさい」とクレームを出しちゃったことがあります。

処払い(ところばらい)について

 狛治は「南町奉行所」で裁きを受けていた様子が描かれています。

 江戸時代は「南町奉行所」「北町奉行所」で裁きを受けるのが通常でしたが、ふたつは地域で担当が分かれているわけではなく、当番制で月ごとにどちらかが担当することになっていました。

 狛治は最終的に「処払い(ところばらい)」の刑を受け、住んでいた江戸から出たと思われます。少なくとも

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