研究・考察

【考察】屋根の上での炭治郎としのぶさんとの会話シーン【怒ってますか?】

藤咲
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 単行本第6巻で、炭治郎が蝶屋敷の屋根の上で瞑想をしていると、すっと隣にしのぶさんが現れます。

 自分の夢は「鬼と人が仲良くすること」と語るしのぶさんでしたが、炭治郎は「しのぶさんは笑顔だけどいつも怒っている匂いがする」と感じました。そしてしのぶさんに「怒ってますか?」と問います。

 このシーンはとても印象的で、記憶に残っている方も多いと思います。前半の名シーンのひとつです。

 以下、ネタバレを含みますの原作未読の方はご注意ください。

しのぶさんの内面を考察

 このシーンは胡蝶しのぶの内面が凝縮された重要なシーンです。ラストまで読んでから改めて読み返すと、このシーンの深みが増します。

しのぶさんの背景

 しのぶさんは鬼に両親を殺され、姉のカナエさんとともに鬼殺隊に志願します。しかし、やがて”花柱”となったカナエもまた、上弦の鬼に殺されてしまいます。

 体格的にも鬼殺隊向きではなかったしのぶに、カナエは「鬼殺隊を辞めなさい」と死に際に諭しましたが、しのぶは復讐を決意して”蟲柱”まで上り詰めます。

 カナエさんは「鬼は悲しい存在」「人と鬼が仲良くできればいいのに」という、炭治郎と重なる思想を持っていました。

 しのぶさんは”姉の意思”も継ぐことを決意して「人と鬼が仲良くすればいいのに」と語り、言動も姉そっくりになっていきました。でもそれはしのぶさん自身の本心とはかけ離れた考えでした。

「カナエの思い」と「しのぶの思い」

 カナエさんの思いを引き継ぐべく、鬼の悲しさを感じ取ろう、仲良くなれる可能性を見出そうとしてきたしのぶさん。でも、鬼と遭遇するたびに感じるのは「消えない鬼への怒り」だけでした。

 鬼は平気で嘘をつき、裏切ることも人を傷つけることも何とも思いません。

 しのぶさんは鬼によって両親を殺され、姉を殺され、継子たちも殺されてしまっています。

 体格的に不利と言われながら努力をして”柱”にまでなったのも、「姉の仇をとる」という強い動機があればこそです。

 そんな経験をしてきたしのぶさんが、「鬼に同情する」のは難しいと感じます。

 それでも「鬼と仲良くする」「笑顔でいる」ということを心がけて怒りの心を封じ込め、「カナエ」の仮面をかぶって演じているうちに、だんだんと”しのぶさんの心”は疲れてきてしまっていました。

 しのぶさんの気持ちを考えれば、カナエさんの仮面をかぶることで、悲しみや辛さを乗り越えようとした側面もあったかもしれません。でもそれもやはり精神的には大きな負担だと思います。

炭治郎と禰豆子との出会い

「鬼と人とが仲良くすればいいのに」と発言している本人のしのぶさんですら、そんなことが可能だとは本心では思っていませんでした。

他の隊士たちもきっと同じで、誰もそんなことを信じる者はいない。

そんなときに、炭治郎と「人を襲わない鬼」の禰豆子という、「鬼と仲良くする」という夢を「現実に見せてくれる」「信じることが出来る」兄妹の存在にしのぶさんは出会うのです

”水柱”冨岡義勇の行動への驚き

 そして”水柱”冨岡義勇が「人を喰わない鬼かもしれない」と考えて、禰豆子を命をかけて保護していたことを知りました。

 このときしのぶさんは、いつも反応の薄い義勇さんが、しのぶさんやカナエさんの言葉を覚えてくれていたと感じて、驚きや嬉しさを感じたのではないでしょうか。

 同時に、孤独だった心が少し癒されたのだと思います。

炭治郎はカナエさんを思い出させる存在

炭治郎は「鬼は悲しい生き物」「悲しみの連鎖を断ち切る」など、その発言が元”花柱”である胡蝶カナエさんとかぶります。

その言葉をもしも、しのぶさんが聞いたら、しのぶさんは姉のカナエさんの姿を炭治郎に重ねたでしょう。

炭治郎は「カナエの思い」を継いでくれる”継子”

「死」を覚悟しているしのぶ

 しのぶさんは復讐の為に生きています。でもカナエを殺した鬼は上弦の鬼で、姉ですら叶わなかった鬼です。

 しのぶさんがその鬼を倒すためには、命を賭けるのは当たり前で、自らを毒で浸して食べさせるしかないと考えていました。

 時系列的に考えると、この屋根の上のシーンの時点で、しのぶさんはその計画を実行に移すべく、既に毒を飲み始めている頃です。

炭治郎は思いを”継ぐ”子

 でも自分が死んでしまったら、「鬼と人とが仲良くする」という姉の夢は叶わないまま、そしておそらく誰も継ぐことはない。もしカナヲに託せば、きっとカナヲも死んでしまう、と考えたはずです。

 しのぶさんは姉の夢を失わせてしまうことが気がかりだったのではないでしょうか。

 そんなとき、その夢を託せる存在として「炭治郎と禰豆子」があらわれたのです。

 「死なないで」「禰豆子さんを守り通して」という言葉は、完全なしのぶさんの本音です。

 屋根の上で炭治郎としのぶさんが会話するこのシーンは、炭治郎と禰豆子の存在を通すことで、数少ない「しのぶの本音」が引き出された、貴重なシーンです。

 そして同時にこのシーンは、しのぶさんが本格的に「死」と向き合い始めたシーンなのかもしれません。

アニメ版での台本・ト書き

『TVアニメ鬼滅の刃・公式キャラクターブック参ノ巻』58ページでは、胡蝶しのぶ役の声優さんである早見沙織さんが、このシーンの台本について述べられています。

それによるとこのシーンのト書き(状況説明・演技の指示などをする部分)は、「ゆっくりと」「しっとりとした口調で」という内容になっていたそうです。

通常のしのぶさんは、毒気があったり、本音でしゃべっていない感じを出して演じられていますし、原作でも同様な雰囲気です。

いつもと違う雰囲気を感じるこのシーンのしのぶさんのセリフこそが、嘘偽りのない、しのぶさんの本心なのです。

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